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心について [その他]

K:今日のテーマは心について・・
  前回は、感情は喜んだり悲しんだりする心の動きだという話の流れの中で、そもそも、心って何だろうというところで終わってしまったね。

M:いつも何げなく、心という言葉を使っているけど、改めて意識してみると、漠然として曖昧なままで何もその実体は分かっていないような気がする。
  それに、うれしい悲しい等と感じることが、心の動きには違いなさそうだけど、思うことや考えることも、同じく心の動きとは言えないかしら?

K:そうだね、人間のある対象に対する反応は、広い意味では全て、心の動きと言えるかもしれないね。

M:心は、心の動きとしては、いろんな場面で体感できるけど、心そのものはどうしたら認識できるんでしょうね?

K:心そのものは、心の動きから動きを取ったものだから、あらゆる動きを止めれば、心そのものに近づけるんじゃないかな。

M:でも、それは絶対無理よ。いくら何も感じない何も考えないといったって、五感は勝手に働くし、雑念も自然に湧いてくるし、第一おなかが空いてくるし・・

K:我々凡人には、心の動きを止めるすべがないと言うことだね。
  それでも広い世の中には、その辺を克服した聖者とか覚者とか賢者とかいう方もいるらしいから、それ以上のことは、そういう方々に教えてもらうしかないね。

M:そうね。私たち普通の人間には、心の動きを通して、心を分かろうとするしかないわね。
  ところで、その心の動きなんだけど、同じ物事に対しても、皆が必ずしも同じではなく、各人それぞれ異なる心の動き方をするということは、その違いはどこから生じるのでしょう?

K:それは、やはり、人それぞれの経験の違いかな。
  経験が心を構成している、あるいは、心に影響を与えているのだと思う。

M:でも、なんか経験の違いだけではないような気もするけど・・
  だって、同じ両親から生まれた兄弟が同じ環境で育ったのに性格が全然違う、という話はよく耳にしたりするわよね。

K:生まれてからの経験は同じでも、生まれる前の経験が違うのかもしれないし・・

M:でも、それは、心は肉体より以前に存在しているという考え方でしょう?
  心も肉体から生じるという考え方だと、どういうふうになるかしら?

K:肉体から生じるとなると、両親の遺伝子の組み合わせから肉体が形成されるのと同じように、両親の心の要素の組み合わせから心が形成されるということになってしまうけど、これもどうかな?

M:確かに、両親のどちらにも似ない性格の子ってたくさんいるよね。

K:やはり、心は肉体とは別に、それ以前から存在していると考えたほうがいいかもね。

M:でも、それだと、科学的ではないことになってしまう。

K:ん~、科学的ってなんだろうね。五感と機械などを使った五感の延長で計測出来るものが科学的な対象って言っているだけで、その範囲を超えたものは存在しない、あるいは、考えないことにしてしまっている。

M:計測できるものしか存在しないなんて、なんか、もう夢がなくなってしまいそう・・

K:そうだ、人間の思考は、科学なんかの枠にはめてはいけないんだ!





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